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思い出のヒッチハイカー
2025年の万博が大阪に決まったそうで、
前回が1970年だったから55年ぶりですね。
予算が何倍に膨れ上がるのか、今から楽しみですw

1970年当時、高校2年生。
少し前に見たイージーライダーに感化され、
友達二人でヒッチハイクで行きました。
僕は神戸、友達は岸和田(だったかな?)に
お互い親戚があり、そこに泊まりました。
けど、友達の姉さんの家に泊めてもらった記憶があるので
最初の夜はそこだったかもしれない。
お姉さん綺麗だったのでよく覚えてますw

で、翌朝一緒に万博に行き、それぞれの親戚の家に帰る。
2日めは万博会場最寄りの駅で待ち合わせしました。
一緒に入るんだけど、見たいものが違うので中で分かれるんだから、
待ち合わせる必要はなかったよな、と、今になったら思いますw


2度めに拾ってくれた車がマイクロバスを借りて四国一周してた方たちで、
淡路島経由で本州に渡るんだけど、途中、吉野川の河原で
バーベキューをごちそうになったりと、良くしていただきました。
なので、大人になったらオレ達もヒッチハイカーには親切にしよう・・・
と決意する友人と僕なのでした。


時が過ぎ・・・

仕事で県内をあちこちとうろついているころ、
路面電車が東西に走る高知市の歩道上で、
一人の若者が「あしずり」と書いたプラカードを持ち、
親指を立ててるのを発見。こりゃ乗せてあげなくっちゃ。
そうは思ったけど僕のいる車線は2車線道路の右側。
左にはけっこう車が走ってる。
若者のいる手前までに左車線に移ることは困難だ。
しかし、あの夏の誓いが僕たちにはある。
それを実行することが友情の証なのだ。
決意した僕はスピードを上げ、左車線の先頭に躍り出、
次の信号で左折。その後左折を3度繰り返し、
ヒッチハイカーの待つ通りに戻った。
もちろん左車線をキープ・・・


あれ?いない。
あの短い時間に、金髪美少女(*)のヒッチハイカーは、
どなたか親切な車に拾われたようです。
残念!



西方での撮影の帰り道、ウツボの唐揚げを買った。
好物のそれを手に入れ上機嫌のTAMARA。
しかし、悪夢はすぐそこに迫っていた。

推理小説なんかでよく

この事が後に、重大な事態に発展するのを
TAMARAはまだ知らないのであった・・・

なんてのがあり、いつだいつだと思いながら読んでても
一向にその「重大な事態」ってのが出てこないことってありますよね。
読み終わり、確かあんなこと書いてたと思うけどなあ・・・
と読み返すことってよくあります。


ま、関係ないけど、その、ウツボの唐揚げを買い、
にこにこ気分で運転再開してすぐ、赤信号でストップ。
トントンと助手席の窓を叩く女性がいます。
見た目怪しいw
たしかそのころはスバルのドミンゴに乗ってたと思う。
なのでパワーウインドウなんてない。
助手席に手を伸ばし窓をあける。

「高知の〇〇まで積んでいって」

ヤバイぞ・・・私の感が訴える。

「急いじゅうき。そこまで行かんし」

断るワタシ

「途中まででえいき」

そういうと勝手にドアを開け乗り込んで来た。
図々しいヤツ。
助手席にはカメラやら撮影の資料を置いている。
お尻の下敷きにされたらたまったもんじゃない。
慌ててそれらを後部座席に追いやった。
空いた座席に滑り込む中年オンナ(その時の私から見て)。

無理やき!下りてや!

と怒鳴ろうと思ったけど、なんか、嫌な予感・・・

「きゃーたすけてーーーー」

とか叫ばれてもたまらんし、やりかねん感じだ。
なので怒鳴るのはやめた。
そんなこんなで信号が青となり

「青ぜ」

と、隣のお方が・・・

途中、

「兄さんえい男やね。モテるろ」

とか世辞を言う。
逆ナンなのか?これw
その手には乗るかよの苦痛の20分。
無事、最初に言われた場所に着いたけど

「ついでに◯◯まで積んでってや」

と延長を希望w
さすがにそれは断固断りました。


思い出のヒッチハイカー二人ですw


あ、2題目で、
もっと「重大な悪夢」を期待した方、
尻切れトンボ的な終わり方でスミマセンw





(*)国産金髪ではありません。




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