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アクシデント
人を右左で分けると、
僕の知人連中は左系の人が多いです。
右派は少ないですね。

で、福島原発が爆発した後なんか、よく

「福島行きました?」

とか聞かれるわけです。

「いえ、行ってません」

と答えると

「行って写真撮りたいでしょう・・・」

とか続くわけです。

「いえ、全然」

そう答えると意外な顔になり

「どんな写真を撮ってるんです?」

「日常とか・・・」

もうアッポロケ・・・

何それ。
世間に何かを訴えてこその写真だろう。
とか思っていそうでおかしくなってきます。

自分の身近でそういったアクシデントがおこればそりゃ撮りますけど、
遠方に行ってまで撮りたいとは思いませんね。
そこの人に任せとけばいいから。

高知にも「福島を撮り続けている」・・・という人が、
僕が知ってるだけで2人ほどいます。
いや、なに、その方たちの写真展の案内にそう書かれてたもんで、
高知に住んでて福島を撮り続けるなんてスゴイな、
と思ったから見に行ったんですけどね。

「福島行って来たよ。(どや、すごいやろ)」
と、カッコ内が聞こえてきそうな写真でした。
地域の方に寄り添うでもなく、
ただモノが、記念碑としての「モノ」が、
哀れみの対象としての「ヒト」が写ってるだけでした。

もし、高知でそういったアクシデントがあっても僕は「日常」として撮ります。
何かを訴えようとかそんなものはなくただの「日常」。
そのたんなる「日常」が結果として何かを訴えたとしたらそれはそれでいい。

昔、長倉洋海さんのサルバドル(だったかな?)って写真集を買ったんだけど、
戦火の中での日常が写ってて、素晴らしく良かったですね。
ああ、こんな過酷な中にも「日常」はあるんだなぁって思いました。


20170626.jpg
<アクシデント001/2012年1月4日21時11分>



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コメント
この記事へのコメント
僕は、女性を撮ってる時が一番幸せです。
2017/06/26(月) 15:12:01 | URL | M #-[ 編集]
もちろん
そりゃ僕もです。
でも「日常」の中で撮れば、また一段と楽しいです。
2017/06/26(月) 15:33:14 | URL | TAMARA #NqNw5XB.[ 編集]
アラーキー語録
青少年の被写体は女性だ。
2017/06/27(火) 16:03:09 | URL | TAMARA #NqNw5XB.[ 編集]
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