FC2ブログ
仮に僕が、同じ場所に立っていたとしても到底撮れません。
書き込みしてくださった方へのレスを書いてて思い出しました。
僕が英語が苦手になったのは中2のときからです。
新しもの好きってこともあるでしょうが、中1のときは良かったんですよ。
アメリカ帰りの先生で、発音はみっちりやられました。
15番街・・・フィフスストリート・・・ですか、
下唇を噛んだり舌を歯の間から出したりRでは巻き舌にしたりと、
けっこう忙しかったけど楽しかったです。
それと、英語は発音より発声のほうが大事だということも教わりました。
日本人の発声というのは下に空気が抜けやすいから、
それではいくら「発音」がよくても外国人には通じない。
口の前に手をおいて、それに空気が当たるくらい強く、
前に飛ばすように発生しろ、といつもいつも言われてました。

それがですね、中2から先生が変わり、その方の和訳というのが

何々であるところの何々・・・

とかいう感じ。
え?「ところーの」とか、普段言いませんがな・・・
と思い、なんだか英語が現実味を帯びず、僕から遠ざかっていきました。
今思うに、このころから「リアリティ」を求めてたんですねw

リアリティといいますとリアリズム写真集団という団体があるわけです。
絶対非演出らしく、撮影地に落ちてるゴミさえ拾わないらしいですが、
先日取り上げたドアノーの「パリ市庁舎前のキス」は彼らに言わせたらダメですね。
だって、あれは市庁舎前でキスをしてるカップルをドアノーが見つけ、
お願いして「再度」してもらい、それを撮ったわけですから。

そのお硬い写真集団の神様的存在が故・土門拳なんですが、
彼は晩年壺をたくさん撮ってますよね。

焼き物の撮影には専らタングステンライトを使用、
ストロボの光は使わない。それが土門流。


だそうです。
理由としては

タングステンは集光、ストロボは散光。
光が散るストロボは、立体感が欲しい撮影には不向きです


らしいんですが、その場にない人工的な光を当てるのは
「演出」ではないのか?なーんてことは置いときましてw
その、ストロボより光が散る日陰の自然光で土器をたくさん撮ってるのが
藤原新也の「沖の島」。

20171031a.jpg

実際は「沖ノ島」らしいですが本は「沖の島」になってます。
ちなみに「沖の島」で検索すると高知の沖の島がたくさん出てきます。

5年前、近所の喫茶店で週刊ポストを無造作に開くと、
ドドーンと飛び込んできた見開き写真にショックを受けました。

20171031b.jpg

すっげぇ〜
うまい〜
腹立つなぁ〜

と思ったら、藤原新也撮影でした。
どうりで・・・


でも、彼の写真集で一番好きなのは「少年の港」。

20171031c.jpg

20171031d.jpg




←クリックお願いします(m_m)

ーこのブログについてー
★写真はクリックすれば大きくなります。
★斜体で、アンダーラインのある文字をクリックするとリンク先に飛びます。
(例)こっちだよ


コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック