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詩は、必要な人間のものだ。
昼ごはん食べてたとこでFMラジオがかかってて、
宮﨑駿監督の、新作のタイトルが決まったって言ってました。
君たちはどう生きるか」らしいです。
タイトルは同じでも、小説と内容は違うとは思いますけどね。


腰がまだまだ痛いんで、撮影終了後、仕事する気にもなれず、
パソコンに入れてる映画を観てました。

「イル・ポスティーノ」です。
詩人パブロ・ネルーダと、彼の亡命先、イタリアの小島で
ネルーダ専用郵便配達人として雇われたマリオの友情物語です。

この映画、高知ではメジャールートに乗らず、自主上映グループの
手によって何年か前に1日だけ公開されました。
その時観て良かったのでDVDを借り、PCに入れてた次第です。


マリオが島一番の美人ベアトリーチェに恋をするんですが、
その際ネルーダからもらった本の詩を引用しラブレターを書きます。
それを知ったネルーダが

「本はあげたが盗作は許してない。
マチルデ(ネルーダの彼女)に書いた詩をベアトリーチェに捧げた」

と批難します。
ところがマリオは

「詩は書いた人間のものではない。必要な人間のものだ」

と反論。
これには共産党員であるネルーダは

「とても民主的で立派な考え方だ」

と、笑って許すしかありませんでした。
共産主義思想というものは「必要による分配」だから、
ネルーダも一本取られたと思ったことでしょう。

また、映画のはじめ、
詩というものがまったく分からなかったマリオが、
ネルーダの詩を彼に訪ねます。

「理髪店の匂いに私は涙にむせぶ・・・何故です?」

これに対しネルーダはこう答えます。

「詩は、説明したら陳腐になる。
どんな説明よりも、詩が示す情感を体験することだ。
詩を感じようとすればできる」

絵でも写真でもそうですよね。
好きな写真の、この写真のどこがいいのだ?と聞かれても答えられない。
あなたに「イイ」と感じられないのであれば、それだけの事です。
というしかありません。

ネルーダの詩集、大島博光訳のを持ってます。
この訳が、いいのか悪いのか、
はたまた忠実に訳してるのかどうだかは僕には分かりません。
でも、まあ、満足してます。

で、「訳」の事を考えてたらふとした「疑問」が生じました。
日本語で書いた詩なども当然外国語訳で出版されているんですが、
俳句や短歌はどうするんでしょうね?
独特の字数制限があるでしょ?
五・七・五とか。
外国語に訳す時はそれはもう関係なくなるのでしょうか?
また、外国人の方が自国語で俳句や短歌を書いた場合、
やはり字数制限ってあるのでしょうか?

たとえば日本語なら

シアワセナヒビですが

英語なら
Happy Days

になっちゃって(ハッピーデイズが正確がどうか知りませんけど)
字余りとなります。
この辺、どうなんでしょう?

啄木の英訳本とかがあれば見てみたいですね。





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コメント
この記事へのコメント
こんにちは

外国語に翻訳出版される場合

評価が翻訳者の力量に左右されますね。
2017/10/31(火) 11:23:05 | URL | hirokinara #Sd02ZXuA[ 編集]
こんばんは
日本語翻訳もそうですよね。
外国文学はどうも苦手で、
読んでて途中で嫌になるのはそのせいだと思います。
そうでないのももちろんありますが。
2017/10/31(火) 22:16:16 | URL | TAMARA #NqNw5XB.[ 編集]
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