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パクリの告白
4年ほど前に読んだ本。

20180531.jpg

すっごく良かったです。
文章もテンポがあって読みやすく、
一晩で読んじゃいました。
お勧めです。

読書感想文というのは小さい頃から苦手なので
Amazonnからパクりますw

事件が知られていないのも道理で
この5件の事件を同一犯による連続事件と推測したのは清水氏が初めて、
実はそもそも、一件は冤罪事件であり、その冤罪が晴れて初めて
闇から姿を現したのがこの大事件なのですから……。
しかも、その冤罪事件こそ、あの「足利事件」!
戦後6件目の再審無罪ということで大々的な報道がなされたのは
記憶に新しいところです。
その端緒を作っていたのが清水記者だったというのは、本当に驚きでした。
なんなのでしょうか。このスケールの大きさは。
そして同時に起動される、新たな取材対象……すなわち、「真犯人」。
執念の取材とはこのことか、と痛感しました。
こんな記者、いったい何人この世にいるんでしょう。すごい。


「弱者に寄り添う政治」とか口先だけの政治家も多い中、
被害者家族に寄り添うとはどういうことなのか、
考えさせられるノンフィクションでした。

一番感動した部分は以下です。
やっと探し当てた足利事件の被害者家族である松田さんの
知人に、松田さんへの手紙の転送をお願いしていたところ、
その松田さんから直接電話がかかってくるんですが、
電話に出るなり一気にこう言われます。

「迷惑ですので、二度と手紙も出さないで下さい。
取材など受けるつもりはありません。
それを伝えたくてご連絡しただけです・・・
今さらなんですか・・・」


にべもないとはこのこと。
しかし・・・

その日から松田さんは何度か私に電話をくれた。
電話はやがて番号通知へと変わった
そしてついにはお目にかかれるようになった。


赤字部分です。

電話はやがて番号通知へと変わった

説明の必要もないでしょうが、
松田さんに信頼されたってことですね。

昨日の日記のタイトルでパクりましたw





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やがて住所は、布師田へと変わった
みなさん手紙、書いてますか?
僕は全く書かなくなりましたねえ・・・
今はメール・・・ですか?いや、LINEかな?

文通から結婚に至った知人がいます。
月刊「学習」というお堅い雑誌の文通コーナーで
高校生の時に知り合ったんですが、
九州は天草と高知は吾北村の遠距離恋愛。
恋愛とまではいってなかったかもしれませんがロマンティックですねえ。
あ、学習といっても学研の「科学と学習」じゃないですよ。
日本共産党中央委員会が出してる月刊誌です。
なもんで二人とも真面目そのもの。
彼女が高知の短大に来、最終的に結婚ということになったんですが、
天草まで会いに行くとか、そういうことはなかったようです。
あくまで文通仲間。

僕も「文通」したことあります。
その手紙のやり取りが最後ですね。
それ以降、手紙なんて書いたことない。

ところで、東野圭吾の「手紙」、なかなか良かったです。
映画で見て 良かったから小説も読み、
それから東野圭吾にハマることになるんですが、
実はその映画を見ようと思ったのは、その「文通」がきっかけなんです。

12年くらい前の話ですが相手は女性。
すでにメールの時代ですがメールじゃないです。
メールできない事情があった。
その女性、塀の中にいたんです。つまりは刑務所。
東野圭吾の「手紙」と同じです。
あれは兄弟で男同士なのでちょい状況は違いますが同じようなもんです。
映画の宣伝を見、その時の自分と被ったんですね。だから見たんです。


彼女から最初の「手紙」が来たのが2006年11月2日。
住所にも名前にも心当たりはなかったんですが、
開封してびっくり。以前撮影したことのある風俗嬢で、
住所は南警察署だったんです。
本名なんて知りませんからね、こっちは。
僕の名前と住所を知ってたのは
名刺がほしいと言ったのであげてたんです。
それを大事に持ってたんでしょう。

手紙が来た以上、面会に行かなしょうないですわね。
で、行きました。
撮影のあとで「マックが食べたい」と言われ、
おごってあげたことがあったので
マックセットを持って(笑)
でも、「面会」なんて初めての経験で、当時仕事が忙しく、
手紙が来て1週間後くらいの夕方に行ったのかな?
面会時間過ぎてたw
あ、そんなものがあるのかと初めて知り、
ならこれを渡してとマックセットを差し出したけど、
食べ物は差し入れできないと断られました。
しかたないので自分で食べたけどね。
で、面会時間を聞き、次の日か翌々日に行きました。

罪名とか、詳しいことは書けませんが、
それから「文通」が始まるわけです。
面会に行った次の日にはもう届きました。
最初の手紙を投函後、返事も面会もなかったので、
呆れられ、来てくれないと思ってた・・・とか書かれてました。
当然、自分が犯した罪への悔いとかも切々と・・・
いま読み返す勇気はないです。

2週間ほどした11月14日には、
住所が布師田に変わった手紙が届きました。
高知刑務所に移管されたわけです。
映画「手紙」を見たその日でした。
なんか、本格的な「犯罪者」になったんだなぁ・・・
と思った記憶があります。
もう、12年も前のことなので細かなことは忘れました。
日本有数の頭脳の持ち主たちが、2年ほど前のことも
思い出せないくらいだから仕方ないことでしょう。

20180530a.jpg
<黒塗りは剥がせませんw>

南署は近かったこともあり、面会にも時間があけば行けましたが
布師田はちょっと遠く、半日仕事です。
10日に1度くらいの面会になったかな?
その間も文通は続きます。だいたい1週間に1通のペースで来てました。
こちらも出すわけですから、もらえばすぐ返事を書く・・・
というペースだったんでしょうね。ほかにすることないから(笑)

20180530b.jpg

刑務所の便箋には「桜」のスタンプが押されてる・・・
という話は本当でした。
「K」は高知の「K」であってサークルKではありません、念の為。

本なんかは買っていきましたが、
食料品はそこの売店で買いました。
女性特有のものも欲しいけどお金がないとのことなので、
お金も一緒に差し入れした後の手紙です。

両親は離婚、母親と暮らしてるけど母親に生活能力はなく、
彼女の稼ぎで生計を立ててました。
当然布師田まで面会に来れるはずもなく、
在籍してた店も当然クビだし、面会すら来てくれない。
頼れるのは僕くらいのものだったのでしょう。
僕に「父親」像を重ねたのかもしれません。
事実、最後の方の手紙にはそう書いてました。

文中にある「☓☓☓」は検閲で引っかかったのかもしれませんが
そんな大したこと書いてないみたいだけどな。
出所後、そこんとこは確認しませんでした。

今は結婚し、愛媛で幸せに暮らしてます。

20180530c.jpg





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Yahoo!レンタルではいろいろ借りたなぁ・・・
今日は外付けHDに入れてる「奇跡のシンフォニー」を見てました。
以前はYahoo!でDVD借りてました。
レンタル屋さんとか、大量にありすぎて圧倒され、
探してるうちに息苦しくなってしまいます。
Yahoo!だと検索したら出てくるから便利でした。
レンタル屋さんにもそういう機能があるみたいだけどやり方分からんしw
その、Yahoo!レンタルが数年前にやめちゃったので今は買ってます。
一度レンタル屋さんにも行ったんですがやはり無理。
Amazonの会員になって映画見るのもいいかな、
と思いつつ実行に移してません。


孤児院に預けられてたエヴァンは、
ある日不思議な音楽に導かれるようにそこを抜け出し
マンハッタンにたどり着きます。

そこで様々な出会いを経て音楽の才能を開花させるわけですが、
一方、エヴァンは死産だと聞かされていた彼の母ライラ、
そしてライラと結ばれること無く一時は悲嘆にくれていた
父ルイス(子供の存在すら知らない)も、
音楽活動を再開しマンハッタンへ…





途中まで見ると、最後はこういうふうに3人出会うんだな、
と、結末が読めます。100人見れば100人分かると思います。
僕の好きな「余韻」を残した終わり方ではありません。
でも、ラストシーンを想像し、すでにセンチになった自分がいます。
そして、分かっていても、ラストは感動ものですね。

映画で主人公は語ります。
「音楽は両親への手紙です」

ならば僕はこう言おう
「写真は、未来の僕への手紙です」

・・・・・・明日のタイトルは「手紙」で決まりだな



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古き良き時代のお話です
【1】葉牡丹の花言葉 利益
【2】葉牡丹の花言葉 祝福
【3】葉牡丹の花言葉 物事に動じない
【4】葉牡丹の花言葉 慈愛

高知が生んだ酒飲みの達人・吉田類さんは
「葉牡丹」という居酒屋が好きらしいです。


今日は久しぶりにスーパー銭湯に行ってきました。
かな~り久しぶりで、
前回時と男女の浴槽が違ってたため
危うく女湯に入りそうになっちゃいました^^;。
暖簾をくぐろうとしてそれに書かれている「女」という字に気づき、
寸手のところで「御用」とならずにすみました。
よかったよかった。

銭湯といえば、その昔・・・
堺町(*)近辺にも銭湯があった時代ですからかなり昔の話です。

背中にモノクロの絵を描いてる方に近づき

「葉牡丹ですか?」

と聞き、コテンパンにやられた知人がいました。
葉牡丹を背中に描くわきゃねえだろう・・・
牡丹ですよ。
でもまたなぜに白黒?
いくら知人が間抜けとはいえ、
カラーだと葉牡丹と牡丹を見間違えることはありますまいに
知人も運が悪かった。
描いてる途中なのか、はたまた痛くて途中でやめたのか、
あるいはモノクロ写真好きな粋人か?

からくりもんもんをしょってる方も、
普通に銭湯に入れる古き良き時代のお話でした。



(*)高知の中心地にあります。
ソープ街としても有名。
「街」といっても数軒しかないけど(笑)




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ライバル出現
今日は小学校の運動会の撮影。
例によって、手を広げすぎ、イベント時には
カメラマン不足となる元いた写真屋のお手伝い。
ここは「自己流」で撮ってもいいので気楽だし続いてます。

暑かったです。
なので終了後はドボンと湯船に。
湯船に浸かるなんて久しぶり。
だいたい風呂嫌いなんですよね。
めんどくさいし疲れる。
洗車機みたいな感じでウィーンと洗ってくれたらいいのになぁ。
風呂入って疲れるのは年取ったからかな?
今日も老化をつくづく感じました。

卒業アルバム用なので撮影対象は6年生だけ。
なので楽といえば楽。
保護者が学校通信用の写真を撮ってたけど
僕よりいいカメラもチラホラ。
僕はニコンD500に18-200mmズームです。
キヤノンにパワーパック付けてる人なんかもいて、
それ見て思い出しました。

あ、パワーパック忘れたw

20180527b.jpg

側にいた5年生女子が

「撮らせて撮らせて」

と言うのでカメラを渡したら撮ってた。
AFポイントはセンターにしてたので右肘部分だけど
F7.1に絞ってたおかげかサングラスにもちゃんときてる。
露出は僕がマニュアルで合わせてたとはいえ
左手前に人影をシルエットでいれるとこなんて小憎らしいし、
フレーミングもなかなかいいしで将来のライバルやな(笑)


最近はゴール前なんかでアクションしてくれる子も多く、
それを撮り逃してはいけません。
逃してはいけないんですが・・・

20180527.jpg

老化現象で体が即反応できず・・・の巻、デス
瞬間カメラを上に振り、上部をもっと開けんといかんかったですね。
この後に突き上げた右拳、切れてました(´;ω;`)
使う大きさも小さいので、もっと小さめに撮っといて後でトリミングしても
いいんだけど、フレーム内で完結させたいのがカメラマンの習性です。
画像処理せずにそっくりそのまま渡すので

「TAMARAさんの写真、フレーミングがダメ」

なーんて思われるの、シャクですからね(笑)






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どんな艱難も、自分を磨いてくれる砥石
歴民館ネタが続きますw
次々に思い出すもので。
何十年も前のことは覚えてるのに、
「ん?オレ、何取りに来たんだっけ?」と、
ついさっきのことは忘れてる、
完全に老化現象が進んでる私です。

ま、歴民館ネタっつうか、歴民館には直接関係ないんですが
近所に小学校がありまして、ま、歴民館近所ネタですね。
岡豊という地域なもんでまんまの名称岡豊小学校と言いますが、
そこも昔勤めてた写真屋がお仕事させてもらってました。
親しくなると先生も悩みを打ち明けてくれたりしてくれるんですよ。
悩みというか、愚痴かな?
岡豊地域には医大もありまして、当然附属病院もあります。
病院職員のための職員団地もあります。
職員団地に住まいする子どもは当然岡豊小に通うわけですが、
お医者さんが多いのでその方たちは「セレブ」になるのかな?
また、県外出身者が多いのでしょうね、当然。

で、その(僕たちから見たら)セレブである母親から

土佐弁で授業されてもうちの子には
理解できませんので標準語でしてください。


とのクレームが来るらしいのです。
ふざけんな、ですよね(笑)
先生も土佐弁丸出しで授業はしてないそうだし、
その辺で「普通」に使われてる地元の言葉。
第一「標準語」なんて話せないらしいのです。
僕もね、東京行って「だってさー」とか「◯◯なんだよ」
なーんて、恥ずかしくて言えなかった。
使った瞬間自分自身に嫌気がさし、ゾゾッとするんですよね。
なのでずっと土佐弁緩和弁w
同級生に愛媛出身の子がいて

こいつ、今こう言った

とか「通訳」してくれてました(笑)


籠池夫妻が昨日出てきました。
僕も刑務所に面会に行ったことがあります。
まさか自分の人生において、
刑務所に面会に行くとは思ってもみませんでした。
世の中何が起こるかわかりませんね。
明日は運動会の撮影で、
今夜は早く寝たいのでその話はまた後日。

籠池さん、少し目が潤んでましたね。

どんな艱難(かんなん)も、自分を磨いてくれる砥石

と、諄子さんが言ってたけど有名な言葉なんだろうか?
検索しても諄子さんの発言でしか出てこないので諄子さんの名言かな?
学のない僕は初めて聞いた。





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一人で春闘w
昨日行った歴民館、
正式には「高知県立歴史民俗資料館」なんですが、
長宗我部氏が築いた岡豊城跡に建ってます。
それに敬意を表してというわけでもないでしょうけど
「長宗我部展示室」というのがあります。
もちろん、土佐の歴史を語る上で「長宗我部一族」を
外すことはできないわけなんですが、
展示室に「秀吉の覚書」なるものがありました。
これって最近話題の「公文書」ですよね。
公文書ってのはこうして残してこそ価値があるものなんですね。
そして、もしこれが「改ざん」されてたとなると
歴史のロマンもくそもあったもんやないなぁ・・・
と、郷土の先人に敬意を払いながら読んでました。
読んでも分からんかったけどw
僕には分からんかったけど、ちゃんと勉強した人には
その時代をちゃんと検証できる。素晴らしいことです。
それに比べ改ざんばかりの・・・やめとこw
まっこと困ったもんです。

また、土佐を統一した長宗我部元親 を中心としたビデオが
流れてましたが、秀吉軍(だったと思う)と戦うにあたって
「想像を絶する試練の始まりでもあった」・・・とナレーション。
と同時に、これからという時にここで終わりw
高知県貧乏だから予算がなかったのかな?
それと、元親を始め一族の嫁さんは全て「女」。
これはカネがないので調査終了やなくて
名前が確認できないんでしょうねえ。

いろいろと用事を済ませ、歴民館に着いたのは12時20分。
途中で昼飯食ていこと思ってたんですが、
かつては高松行きへの幹線道路も、高速ができてからは通る車も
減ったのか軒並み閉店してました。目立つのはコンビニのみ。
中には人気の店もあったのに。仕方ないので歴民館で食べよ、
と思ったらそこのレストランも閉店してました(笑)。
ま、お客さんがそがに押し寄せてくるような施設じゃないからね。
なので見学終わって昼飯は2時半くらい。

前回行った時、S田さんという、以前勤めてた写真屋で一緒だった
女性が受付にいました。写真屋を辞め、臨時で働いてたようです。
レストランで昼ごはんをごちそうになりました。
彼女はすませてたようだし仕事中だしで、僕だけ。
僕は「女におごってもらうなんて・・・」とかいう、
前近代的な思想は持ってないので遠慮なくごちそうになりました。
昔世話になったからだそうです。
世話になったのはお互い様なんだけどw

僕がその写真屋に勤めだして1年後、新人が入ることになりました。
東京の六◯木スタジオにいたそうです。
社長に給料を聞きました。

135000円。

オレと一緒やか。ー40年ほどの前の話ですー
年下で、海のもんとも山のもんとも分からんヤツがオレと同じ給料?
ヤーメタ。

というわけで辞表提出。
急がば急げw
理由は上記。
社長あせりまして

「おまえは1年経ったから給料大幅に上げるつもりやった」

とか言い訳w

いくら?

と聞きますに

15万

大幅かどうかは「?」やし、上がるならいいかなとも思ったけど
僕だけ上がってもイヤでしょ。
その時働いてたのは社長と嫁さんのほか従業員は
僕とS田さん、それと嫁さんのお姉さん。
お姉さんは別としてS田さんには同じ働く仲間として・・・ね。
なので

ありがたいけど、僕だけ上がるのはイヤやから、
新人にそれだけ出せるなら他の人も上げてくれたら残ります。

と。
社長は約束してくれ残留。
結果、S田さんが

毎年5000円しか上がってなかったけど今年は1万円あがってた。
ありがとう。

とお礼を言ってくれました。
お姉さんも上がってたそうです。
他の人は1万円アップで俺は1.5万。
やっぱり「大幅」ではないな・・・(笑)

で、その新人。当時流行りの新人類というんでしょうか、そんな感じ。
自宅が西方にあったので西方のお客さんの仕上がったプリンとなりを
持ち帰り、配達しながら会社に出勤してたのですが、ある台風の日、
何軒かの写真屋さんから

「プリントがまだ届かんが」

と苦情の電話。
もう家は出たはずなのに何しゆうろ?
と社長が自宅に電話。返ってきた返事が素晴らしい

「台風やき休みと思いました」

小学生かっちゅう感じ(*1)ですが社長も社長、
「すぐ出てこい」ではなく、僕に

「T橋の家に寄ってプリント預かり、配達してくれんか」

ですと。こりゃこりゃ、ですわ、まったく。
T橋の家っつったって、今見たく携帯で連絡とりながらや
Googleマップで確認して行けるわけでなく履歴書の地図頼り。
それでもなんとかたどり着き無事任務完了。
結局T橋は数ヶ月で辞め、そのあとに入ってきたM(*2)も素晴らしかった。
謙虚さの欠片もないふてぶてしい新人。
今回は年上だったけど。
物覚えも悪く何回教えても理解できない。
そのくせ

ビューカメラのアオリ機能を使えば、
画面全てに(絞り開放で)ピントをこさせることができる

などと、直前に勤めてた写真館のおっさんの
「教え」を信じて(*3)疑わないし、困ったもんでした。

あげく・・・僕が辞めたあとだけど・・・
会社イチの上得意の建設会社をとって辞めていく。
それはまあ、実力の世界だから仕方ないとして、
そんな辞め方しといて機材は借りにくるわプリントは出しにくるわ。
面の皮が厚いとは彼のこと。

そんな二人のその後は・・・
呪われた現在・・・ではなくって・・・

Mクン、例の建設会社の仕事が忙しく、超儲けてるそうです。
T橋くんは、僕が昔してた広告代理店の営業に聞いた話によると・・・
その代理店に飛び込みで営業に来、マンション業者の仕事を回したら、
撮影終了後そのマンション業者に直接売り込みに行き、
今では代理店を通さず直で仕事してるそうです。

まったく、仁義もクソもないヤツばかりで、困ったもんです(笑)



(*1)その小学校でさえ臨時休校になってなかったと記憶している

(*2)時々コメントしてるMとは別人です

(*3)多分誤解して覚えてるんだろうと思うけど、理屈からしてもくるはずない。





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ちょっとそこまで歴民館まで
今日は暑かったです。
車の温度計は30℃を越えていた。
ちょい散策に行ってきました。

20180524a.jpg

先日の懇親会で(しつこく引っ張りますw)、土佐清水から来た方が
「田辺さんに会ってきた」とか言ってたので、
歴民館で田辺さんの写真が常設展になってるのかな?
と思って行ったんだけどそうじゃなく、総合展示室の
「民族展示」コマで、彼の写真が一部で使われてるだけだった。
そうはいっても久しぶりに見ました。

ここに訪れるのも7年半ぶりですね。
前回は同館の開館20周年記念企画展としておこなわれた
「土佐を撮る」という田辺さんの写真展のとき。
その2年前に氏はすでに亡くなってましたが、
学芸員の方やT吉(弟)さんなんかが尽力したのだと思います。
田辺さんは民俗学に造詣が深く、その視点での写真なので
解説がなけりゃなんのこっちゃ分かりませんw
ま、一般的に「綺麗」とかいう写真じゃないですね。
でも「いい」写真です。

「TAMARAくん、君はシャッターをどこで押すぜ?」

と酒席で聞かれ、一瞬躊躇してると

「僕は心で押す。だからカメラは胸の前で構える」

と言いますので

「じゃ僕はココで」

へそより少し下で構えると

「そりゃアラーキーじゃが」

と大笑い。
僕の結婚披露宴でスナップを撮ってくださってたんですが、
他の誰にも撮ることのできないいい写真でした。
7年半前の日記には、写真展の感想をこう書いてます。

いろんな年代の、本人手焼きの写真が展示されてて
1974年の写真は見事に粗粒子。
森山とか中平卓馬の影響が垣間見えて面白かった。
同時進行でそれらの写真も見てたはずだけど
当時はそんなこと考えもしなかった。
今見ると田辺寿男の写真人生の中で
その時代だけ少し毛色が違い、
なんでもそうだけど「時代」を背景に考えると
楽しみ方もまた違ってくる。



今回の企画展は「安政地震、幕末を揺るがす」。
講演会や講座もあるらしいけど今日はなし。

20180524b.jpg

地震の記念碑の拓本を展示してました。
記念碑なんて、そがに注意してみませんが、
けっこうあちこちにあるようで驚きです。
拓本をどうやってとるのか不思議だったので係の方に聞きました。

「まず碑を綺麗に洗い墨を塗り・・・」

いや、そこまでは分かる。
分からないのはそれだと左右逆になるのに
どうしてこの拓本はそうなってないのか?
そこが疑問。
針穴写真機だって印画紙に写し込めば左右逆像になってる(*)
それを正像にするにはもう一枚印画紙を用意し、
乳剤面同士を互いにくっつけ、強い光をあててデュープしなくちゃならない。
それに類することをしてるんだろうか?

「でも、それだと左右反対でしょ?
これらは正像だからそこが分からない」

と再質問。

「そうですねえ。それは私にも・・・・」

係員ではあるけど拓本の専門家ではないようだ。
とか考えてたらふと閃いた。

「そうか、碑に密着した方ではなく、僕たちは裏から見てるんや。
和紙やから墨も透き通ってるんや。フィルムみたいなもんや」

係の方も

「あ、そうですねえ」

とお互い納得w
なかなか勉強になりました。


上記のパノラマ写真は「櫓」というのができていて、
そこから撮りました。久しぶりのパノラマ写真です。

20180524c.jpg

マムシも出るようで、注意深く下りてると(゜o゜;

20180524d.jpg

蛇ニョロニョロかと思ったよw
もしくは勘太郎。



(*)フィルムも同じく乳剤面には左右逆に写るけどベースは透明だからね。
乳剤面でない方(ベース)から見れば逆にはならない。






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そんなこっと言われてもぉ♪
先だっての土曜日、懇親会のあった日ですが、
実は菅野氏が「よるバズ」に出てたんです。
見たかったんだけど20時からの生放送だったので見ることができず、
25時からの再放送を見てました。酔い覚ましも兼ねてw
とは言ってもビールをグラスに3杯くらいしか飲んでないし
自転車で20分くらいかけて帰って来たしで
既に酔は覚めてましてけど、一応念のためってことで。

その中でヘンリー王子の挙式の様子が「実況」中継されてました。
再放送だから「実況」ではなくなってたけどねw
馬車でパレードしてましたが、ああいった場合の
「正規」の乗り物はいまだに「馬車」なんですね。

妻になった方、綺麗な方ですねえ。女優さんだとか。
ウエディングドレスも素敵で、似合ってましたがそのドレス、
ポールマッカートニーの長女のデザインですってね。

みのもんたが「天皇は呼ばれなかったの?」と不思議がってたんだけど、
天皇はおろか、各国の要人も呼ばれてないらしい。
その代わりと言ってはなんだけど、元カノは呼ばれてたとか (゜o゜;
まぁ、なかなか、楽しい方です。


実は私も、元カノに

「結婚するから写真撮ってよ」

と頼まれたことがありまして

「それはいくらなんでも、それはいくらなんでも、ご容赦ください」

と断ったんですが

「私を一番綺麗に撮ってくれるのはTAMARAやから」

とか、自尊心をくすぐる作戦に出て諦めないw
でもね、いくらそう言われても(自信はあるけどw)撮りづらい。
彼に、対してね。
それに、披露宴はなく、結婚式だけを神社で、
それもけっこう格式の高い神社でやるらしく、
だったらこっちも自由に動けない。
自由に動けないということは撮影ポジションが同じ、
イコールアングルが決まってくるという図式が成り立ちまして、
僕の好きな撮影スタイルじゃない。
普通に、高知での神前での結婚式にしたって
「ココ」という場所から動いちゃいけないし。
本来なら神聖な場所に、カメラマンなんて入らせたくないのだろうけど、
時代の流れで仕方なく許可されてるようなもんだしね。
なので

「その条件では誰が撮ってもそがに変わらんと思うぜ」

と断りました。
女性を綺麗に撮る、という行為はやはり
吐息の掛かるくらいの距離で撮らんといけません。
写真から、お互いの息遣いが聞こえてきてこそ、いい写真ってもんですw

モノクロでの婚礼スナップ写真ってのも何組か作りました。
カメラは当然ニコンF2、レンズも当然28mmF2.8。
愛あるものを撮る時はこれに限りますw
キングのクリアーファイルの片面に6切りの手焼き写真、
見開きのもう一方の片面に手書きの詩を書き入れました。
詩はビートルズやピンク・フロイドの訳詞です。
今だと1冊から本にもなるし、もっといい物ができますね。










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買わない理由
よさこいはいろいろと思い出ありますね。
思い出っつっても幼稚園は今現在も撮り続けてるんですけどねw

何周年かの記念祭のとき、ペギー葉山さんが来賓で訪れたんですよ。
「南国土佐を後にして」の歌手であるペギーさんは名誉県民じゃなかったかな?
で、その年、お城の下の特設会場で後夜祭が行われました。
ステージ上では来賓のペギーさんが挨拶されている。
僕はチャランポランな人間に見られがちですが、自分で言うのもなんだけど、
けっこう真面目な性格でして、仁義は重んじる(笑)。
なので、こういった、来賓の挨拶はちゃんと聞いている。
襟を正して、とか、そんなことはしないけど聞いてないふりして聞いているw
ニコンの撮影会なんかでも先生の話はちゃんと聞いてます。
その時役立たなくてもいつかどこかで

あ、あの時先生が言ってたことはこういうことか

と気づくことがあります。
写真学校時代の先生の話、今頃気づいてるしw
先日の懇親会でも、気になる「名言」というのは記憶してます。

あんた、誰やったぞのぉ?
私の中ではレジェンド
写真には文学が必要

とかw

話がそれましたが、ペギーさんの話に耳を傾けてる僕のそばでは
後夜祭に残った若い踊り子たちが談笑してる。
話は聞いてそうにないけどそれは仕方ない。
そこに、脚立を担いだ地元の新聞社のカメラマンがやって来て、
脚立に上がり談笑してる踊り子たちにレンズを向けた。
そりゃやっぱり、撮られて嬉しい踊り子たちははしゃぎます。
鳴子を頭上で鳴らしながらワイワイワイ。
はしゃぎかたが物足りないのか、カメラマンは左手を上方に
振り上げながら「もっとノレ」とごとく踊り子たちを煽る。
「イイ」写真を撮りたいがために踊り子たちを煽る。
ステージでは来賓であるペギー葉山さんが挨拶をしている。
挨拶はもう、叫声で聞こえなくなった。

僕は頭にきまして、カメラマンの足をトントンとノック。
反応なかったのでパシンと平手打ちw
こちらを覗き込むカメラマン。

来賓の方が挨拶されゆうがぞ。つつしめ!

カメラマンはひと言詫び、去っていった。
僕は別に、踊り子たちが自らが踊りだすのはなんとも思わないし、
ペギーさんの話声が聞こえなくなったから怒ったわけではない。
大の大人であり、それも「良識」があるとされる新聞社のカメラマンが、
来賓の挨拶をよそに煽り立てるのにはどうにも我慢できなかった。
白鳥の群れの中に石を投げ入れ、驚いて飛び立つ白鳥を
撮って「イイ」写真が撮れたとしても、それがなんになる?
踊り子たちがはしゃぐ写真なんて、挨拶が終わればいつでも撮れるだろう。
挨拶の間くらいジッとしとけ。

新聞社のカメラマンも僕も、間接的ではあるが
よさこいで食わせてもらってる。
ならば、その来賓が挨拶してる間はジッとしとけ。
踊り子や、趣味で撮られてる方は別次元の話だけどね。


それから数年後、お仕事もらってる幼稚園の運動会。
当時最高級のD◯に、70-200mmのズームを付けた保護者がいた。
見覚えのある顔の、アイツだった。
卒園までに、アイツんとこは、1枚も写真を買ってくれなかった(笑)



そのカメラマンとはよさこい以前にもいろんな現場で
ちょくちょく一緒になってたので顔は覚えてました。
特徴ある顔だったし。先方はどうだか知らないけど。





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