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石鹸つけて30分
半年くらい前から洗剤類をシャボン玉石けんに変えてます。
手が荒れてきたので洗剤を変えてみよ、と思って変えたのです。
まず台所洗剤を変え、次に浴用石鹸、洗濯洗剤を変えました。
手洗い用石鹸はスペースの関係でミューズを、
シャンプーはコンディショナーとの兼ね合いもありまだ変えてません。
僕はコンディショナーとかは使いませんが、
たまに女性が泊まったりするのでね。
その時僕はいませんよ、ご心配なくw

で、その、シャボン玉石けんの使用法を見るに

よく泡立ててからお使い下さい

と書いてるんですよ。
しかも洗濯洗剤はぬるま湯で、とか。
なので、洗濯機に放り込んでる洗濯物を一度出し、
ぬるま湯を少量入れ、泡立てた後
洗濯物と適量の水を入れて洗濯開始です。
メンドクサイったらありゃしないw
でも、こういったルーティーンを踏むことを楽しんだら、
それはそれでメンドクサイが楽しみになるわけです。
ま、世の中、すべてをどう楽しむか、だと思います。
たった一度の人生です、なるべく多く楽しまな損でしょw

で、その「よく泡立てて」で思い出したんですが、
伊丹十三さんの「女たちよ」にこんなこと書いてました。

伊丹さんが高校時代、化学の先生に、
タオルに石鹸つけてこすっても垢は落ちない。
たっぷり泡だて、体にその泡を付け、
30分くらいじっとしていること。
と言われ、風呂の片隅で30分間じっとしてる自分を想像した・・・

とかw
それこそ40年も前に読んだ本なので多少違ってるかもしれませんが
石鹸つけて30分は間違いないです。
僕も衝撃でしたから(笑)

で、みんなにこの話をするとバカにされます。
指でゴシゴシ擦っても垢は出るやないか。
そんなアホなことができるか、と。

でも、ですね。
これは考え方の違いを先生は説いたわけで、
指でゴシゴシ擦って出る垢は「物理的」に落とした垢、
石鹸つけて30分ってのは「化学的」に落とした垢だということでしょう。
「女たちよ」にそこまで書いてたかどうか覚えていませんが、
化学の先生はきっとそれを教えたかったのだと思います。

で、ですね。
西洋の映画なんかで風呂に石鹸をいれ、
泡の中で入浴してるのをよくみるんですが、
あれは「石鹸つけて30分」の理によくかなってるよなぁ・・・
と思った今日でした。



20170621.jpg
<おまけ画像w>





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目的果たせず
高知県地方、梅雨入りしてやっと雨・・・
気分も滅入ります。


あの晩も、こんな雨が降り続いた夜じゃった・・・

で始まる「石になったおばあさん(*1)」を、
夜、子どもたちを寝かしつける時に聞かせてました。

当時勤めてた写真屋で車での集配業務中、
NHKのラジオ番組「お話でてこい」を聞いてて、
それを覚えていろんな話をするのですが、
この話が一番人気があり
「石のおばあさん」とリクエストされるのでした。

話の内容としては

ある村の山頂近くにおばあさんの石像があり、
それを不思議に思った若者が村の長老に
話を聞くところから始まります。

あの晩もこんな雨が降り続いた夜じゃった・・・

で、その村に旅人がやって来るのですが、
その身なりからか誰も泊めてくれない。
途方に暮れた旅人が村外れに明かりの灯った家を見つけます。
近づいて頼むと一人暮らしのおばあさんがいて快く迎え入れてくれます。
で、一夜を過ごし翌日旅立つわけですがその日はウソのような快晴。
旅人は泊めてくれたお礼としておばあさんにあることを告げます。

昨夜みたいな雨が10日降り続いたら
急いで村の一番高いところに逃げなさい。
その時、決して後ろを振り返ってはいけません。

で、激しい雨が降り続いたある日、
おばあさんは旅人のことばを思い出します。
そして今日が10日目であることを知ります。
おばあさんは急いで裏山に逃げます。
逃げる途中、下の方から悲鳴が聞こえます。
川が溢れたぞーとかの叫び声も聞こえます。
濁流の音も聞こえます。
それでもおばあさんは旅人の忠告を守り後ろを振り返らず
ただひたすら山の頂上目指し、暗くなった山道を、
雨で滑って歩きにくい山道を逃げます。
その時、下の方で一段と大きな、
村人全員が叫んだような悲鳴が聞こえます。
耳を塞ぎ、聞こえないようにしてたおばあさんですが、
いたたまれなくなったのかついに後ろを振り返ってしまいます。

その時、雷がピカッと光り、
瞬間!おばあさんは石になったのでした。



お話でてこいも一度聞いただけだし、
ストーリー的にも的確でない部分も多いので、
村人が逃げ惑う様子とか適当にアドリブを入れ、
話を膨らませながら聞かせてました。
30年くらいも前のことですが、
大人になったいまでも子どもたちは覚えています。

小さなお子さんがおいでる方、
こんな雨の夜は聞かせてあげてみてはいかがですか?
喜ぶと思いますよ。
ただし、大人になった子どもたちはこんなこと言ってました。


いろんなお話を聞いたけど、あの話が一番怖かった。
怖くて寝れんなった。



(*1)だったと思うけど違うかも?








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雉も鳴かずば撃たれまい

景気拡大、バブル期超え=消費増税でも後退せず-内閣府研究会

内閣府は15日、有識者で構成する「景気動向指数研究会」(座長・吉川洋立正大教授)を開き、消費税率を8%に引き上げた2014年4月以降も景気は後退局面に陥らなかったと判定した。安倍政権発足時の12年12月に始まった景気の拡大局面は今年4月までで53カ月に達し、バブル期(51カ月)を抜いて戦後3番目の長さになったことが事実上、確認された。

研究会は、景気の拡大・後退を判定する。前回の15年7月の会合では、12年11月を景気の「谷」と判定。14年4月の増税以降の景気については判断を見送っていた。

増税後、個人消費を中心に景気は一時落ち込んだ。しかし、吉川座長は記者会見で「経済活動の収縮が大半の部門に持続的に波及したとは言えない」と説明。景気後退が始まる「山」の条件を満たしていないとの考えを示した。(2017/06/15-12:48) 


時事ドットコムニュース


ですとw
上級国民様たちと僕とでは住む世界が違いすぎますなあ・・・
ヒーマです。
僕だけ暇ならおまんが悪いになっちゃいますけど
そうやなく、同業者たちみーんなヒマ。
広告のお仕事なんて皆無。
あるのは食い物情報くらいやと言うてました。
僕はそういったのをやってないのでいよいよピンチです(笑)

ま、幸い幼稚園のお仕事がありますのでなんとかそれで食いつないでます。
高知ですからね。なんでも撮らなやってけません。
とかいいながら食い物情報やってないやんか
と言われそうですが、一度問い合わせはあったんですよ。
フィルムの時代ですけどね。
ギャラが驚くほど安かったのでお断りしましたw

僕、基本仕事は選びません。人は選びます。
コイツとはやってけないな、と思ったらお断りします。
相手さえ良ければ安くてもやるんですが、
食い物情報はそれでもしなかった。てか、できなかった。
依頼も電話だったのでどんな方なのかも分からなかったし。


で、その幼稚園でのお話です。
今回は昔話じゃなく新しいネタですよw

あ、その前に・・・予備知識をひとつw
写真もところ変わればいろんな呼ばれ方をします。
どんな?さてw
ま、とにかく「パネル写真」とか呼ばれる業界もあるんですよ。
パネルに入れてるからなんでしょうか。
よくわかりませんが、高知市でも追手筋のビルの壁面なんかに
デカデカと、可愛い女性の写真が飾られてるでしょ?
あれです。風俗業界なんかでもそう呼ばれてるらしいですね。
で、そのパネル写真を参考に指名とかするのだと思いますが、
ん?とかなることも多いそうで、そういう、実物とえらく違うように
変身させるテクニックを「パネルマジック」というんだそうです。
手品かよw
そういったお店には行ったことない(*1)んで
説明が的確でないかもしれませんが、
とりあえず「パネルマジック」というのはエッチ、あるいは
ちょい悪エッチ(*2)な業界の業界用語だと、覚えて先にお進み下さいw


で、幼稚園でのお話でしたね。
で、今回は昔話じゃなく新しいネタですよw
と、ここまでお話しました。
おまたせいたしましたw


といっても今年の1月。
年明け早々、ある幼稚園の卒園記念写真撮影でした。
その幼稚園には年長さんが2クラスあるのですが
その全員と教職員全員の記念撮影です。
園児が前に並びその横に園長や教頭・担任の先生を配し、
後ろに残りの教職員が並びます。
人数が減ったので園児は3列です。
ま、あんまり関係のないことですがw

写真担当の先生が言うには

担任の先生が一人、入院中で来られない。
退院も先のことなので後日というわけにもいかない。
去年も担任をしてるのでそれを合成できないか?

とのこと。
去年の写真があったので確認するもなんら問題なくOK。
安心する写真担当の先生。

で、準備をしてると理事長(男性ですw)がやってきて
同じことを聞かれる。

去年の写真も確認しましたが大丈夫ですよ、と僕。
すると理事長サン

「パネルマジックでなんとかしてや」

((((;゚Д゚)))))))バレましたよーw



「雉も鳴かずば撃たれまい」
って、こういう時に使うのは間違いでしょうかねえw



(*1)ホンマですw
(*2)ちょい悪オヤジのパロですw





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あの時二人は若かった
昨日の日記のコメント欄

吉田拓郎好きだよ
と君が言ったから
今日のBGMは
よしだたくろう♪

は、もちろん俵万智さんの

「この味がいいね」と
君が言ったから
七月六日はサラダ記念日

のパロディです。


で、吉田拓郎終日聞いてて思い出しましたw

もう亡くなってますけど母方のじっちゃんは大工でして、
大工引退後は鮎釣りの趣味が高じて船大工をしてたみたいで、
たまたま取材に行った船大工さんが、
船造りをじっちゃんに教えてもらったとか、
不思議な縁もあったりするんですが今回はパスw

そのじっちゃんが若いときの話です。
棟梁について弟子として働いていた頃、
じっちゃんが住んでた村からひと山越えた村の、
ある旧家から家の注文が入り棟梁とともに出向きます。

話ははしょり・・・
早い話がそこの娘と恋仲になってしまった・・・

んですが、旧家の娘と大工の弟子。
こりゃ許してくれそうにないと判断したのかどうか、
そのへんの詳しい話は聞き及んでいませんが、
ある夜、駆け落ちしたそうです。

大正時代とはいえ道はついてたそうですが
そこはほれ、ひと目についてはいけません。
メインとなってる川沿いの道はさけ山道へ。
旧家のお嬢さんだから当然そんな道は慣れてなく、
ばあさんを背負っての逃避行・・・
高知には龍馬「脱藩の道」がありますが
TAMARAじっちゃん「駆け落ちの道」もそれに違わず
なかなか険しい道だったことでしょう。


こんな話を、
じっちゃんの町(村から町になってた)で仕事があり、
ばあちゃんの実家横を通ったときに思い出し、
一緒に行ってた女性ライターにしてあげると

「ふーん」と感心し、

「おじいさんが、おばあさんを・・・おぶって・・・」

と、遠い目をして語るので

T中さん、あんた、
おじいがおばあをおんぶしちゅうとこを想像しちゃあせんかえ?
そうやないぜ。その時二人は若かったがやき。

「あっ!」






実はこの話、後日談がありまして、
ばあちゃんの葬式で叔母が僕に打ち明けてくれました。
駆け落ちしたのは事実で、それは大勢が知ってる周知の事。
しかし

「どうもじいさんの恋仲はおばあさんのお姉さんやったらしい。
約束の場所に現れたのは妹やったけど、昔の事ゆえ真っ暗闇やし、
急いでたので顔が確認できんまま連れ去ったらしい」

いくらなんでも信じがたいんですが、
ま、どっちにしろ子を11人も作ってるので、
間違い駆け落ちだったとしても
それはそれでよろしいんじゃないでしょうか。










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どうしてこんなに悲しいんだろう
最近知り合ったオリジナリティが少しだけ強い子 が、
誰かに似てるなあとずっと思ってたんですが思い出しました。

「THE FALL・落下の王国」の少女です。
年も、背格好も顔立ちも全く違いますが
好奇心強く、人懐っこく人を疑わず、思い立ったら即行動・・・
ちょっと変わったコ・・いえ、オリジナリティが少し強いんですw


この映画のオープニング映像がまたいいんですよ。
モノクロで、ブレッソンを彷彿とさせる映像です。
ストーリーはwikiからの引用です。

1915年のロサンゼルス。無声映画のスタントマンをしていたロイは、撮影中に大怪我を負い半身不随となる。挙げ句の果てに主演俳優に恋人を奪われ、自暴自棄になっていた。

そんなとき入院中の病室に現れたのは、オレンジの収穫中に木から落ちて腕を骨折して入院していたルーマニアからの移民の少女アレクサンドリアだった。ロイは、動けない自分に代わって自殺するための薬を少女に盗ませようと思い付き、アレクサンドリアに作り話を聞かせ始める。それは一人の悪者のために、愛する者や誇りを失い、深い闇に落ちていた6人の勇者達が力を合わせ悪者に立ち向かう【愛と復讐の物語】。しかし、少女を操るためのたわいない寓話は、いつしか少女に希望を与え、やがて自分自身をも救う壮大な物語へと広がっていく。


黙って青年の作り話を聞いてた少女ですが、
希望のない青年のストーリーに最後の最後で異議を唱え・・・・・・・・

二人で作った物語の中の
英雄たちが教えてくれた
絶望の淵に落下しても
生きてさえいれば
この世界は美しい
(THE FALLの紹介文より)
  ・
  ・
  ・
と、最後はなるわけです。
そう、生きてさえいれば。

で、昨夜遅くまでそのDVD見てて今日は眠い。
なので手抜きです。


  

呼吸困難に陥った母は
有無を言うことすらできず管につながれた。

それから3ヶ月
管から解放されることもなく
母は逝った。

管につながれ
母は苦しかったのだろうか?
早く、終わらせてほしかったのだろうか?
何も言えなくなってしまった母の気持ちは分からない。

母と、二人きりになった病室で、僕は考えた。
こういうのを、終末医療と言うのだろうか?
こういうのを、延命治療だと言うのだろうか?
もしこれが、延命治療だとしたら
手術、それ自体が延命治療ではないのか。
輸血だってそうじゃないのか。

言わば言え、何とでも言え。

そんな中でただひとつ、僕にも分かった事がある。
母という存在は
生きているという、ただそれだけで
僕に希望をあたえてくれる存在なんだ

ただそれだけが、こんな僕にも、分かった。


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2日続いた吉田拓郎さんですが、
彼の歌ではこの歌が一番好きです。







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「死ぬまで生きてました」



「当店の魚はすべて死ぬまで生きてました」
このツイートというかコピーがすごく受けてるらしいです。

こういうの見ると、住井すゑさんを思い出します。住井さんは

どんなに年取った魚でも、魚屋では「鮮魚」として売られる。

と、魚をとても羨ましがっていて、
こういう発想っていいなあと思った次第です。
また、永六輔さんとの対談本「人間(ジンカン)宣言」で、

自分に対し、人がどう見ようが何を言おうが気にならない。

と語ってますが、その理由が凄い。

相手が思うんだから
何を思おうと向こうの権利で思っているんだから、
こっちでペショペショいうこともない

んだそうです。
つまりは相手がそう思うのは相手の勝手ではなく「権利」だから、
それを侵害することもないんじゃないの?

ってことですよね。これを読んで僕も、
他人が僕のことをどう思おうが全く気にならなくなりました。
自分の権利を主張したければ相手がそう思う
「権利」を認めないと話になりませんからね。

永六輔さんのお父さんはお坊さんだったようですが、
日頃の口癖が

僕(つまりは永さんの父)を親にしてくれてありがとう。

だったそうで、子への感謝を常に忘れない親だったそうです。

昔、テレビを見てた頃、よく

誰がお前をここまで大きくしたと思ってるんだ!とか、
世の中そんなに甘いもんじゃない!

と、親が子を怒鳴るシーンがありました。その度に

お前達が作ったんだから当然だろ、とか
そんな厳しい世の中だと分かってるのになぜ子を作った。
子が可哀想だろう。100歩譲ってそれを許すとして、じゃあお前は何か、
そんな厳しい世の中をもっと住み良い世間に変えるために何かしたのか?
何もしてないならそんなこと言う資格はないだろ。

とか思ってて、自分の親がこんなこと言ってきたら
反論してやろうと待ち構えてたのですが、
ウチの親は放任主義だったので言えませんでしたw

で、自分が親になったとき、ハテ、どうしよう・・・
とか思ったけれど、その時の自分を肯定できるか否かと
考え、否定するような酷さでもないな、と思い、
じゃ、親が育ててくれたように育てたらいいや、
という論法で、自主性尊重主義(*)で育てました。
で、みんな、責任感ある大人になってるんでいいんじゃないでしょうか・・・


すげぇな、今日は。人生を語ってしまった・・・
拓郎でもまだなのにw








(*)ほたくり(ほったらかしにする)主義ともいうw





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ある撮影の後の情景
いまだによく言われるのが

生活感がまるでない。

還暦もとぉに過ぎたじいさんが、
しかも生活綴方写真を標榜する一写真愛好家が、
「生活感がまるでない」と言われるのもどうかと
思うんですが、言われるんだからそうなんでしょう。

けどですね、事務所で自炊し、風呂にも入り洗濯もし、
自宅には寝に帰るだけの生活が10年以上も続いてるわけだから
生活感出まくりだと思うんだけどなぁ・・・。

料理はまったく出来ませんでした。
たまに作ったカレーも焦げ付かせたくらいですからw
ルゥを入れたらかき混ぜる、という行為が疎かになってましたw

それがですね、人間やればできるものです。
最近では弁当まで作っておじいさんは山に撮影に・・・
的な感じで出かけてます♪

20170615b.jpg

食べたことのないものでもニセ医者 のごとく見よう見まねで
作っております。たとえばコレ

20170615.jpg
(ライトはショボックス)

フライパンで「パエリア」ですが、パエリアという料理を
一度も食べたことがないので、果たしてこんな味でいいのかどうか
不安なんだけど、女性スタッフによると

「ご安心下さい、できてます」

でしたw


はてさて、そんな私ですが、
話はまたしても数年前のことです^^;
いかんせん最近まともに仕事してないですきにw

撮影を終え、お役目御免となった料理を皆でいただいていると、
料理に合うおいしい日本酒があるけどどうですか?と薦められた。
薦められたものは断らないのが唯一のポリシーの僕は
当然ごちそうになった。
郷誉とかいうお酒だったが美味いのなんの、
ついついおかわりをしてしまい昼間っから上機嫌^^。
下戸でも味は分かるのですw

一緒に行ってた代理店の男性とそこの美人社長さんが、
子供がどうのと傍らで話してる。
そして、お互い年を取るのは早いねえ・・・
などとお決まりのパターンだw
話が僕に飛んできた。

美人社長「こちらの方(つまり僕)はご結婚はされてるんですか?」

来た来た・・・。よくされる質問だ。

僕「してますよぉ」

オレだってもててた時期はあったんだ。

美「生活感が全くないのでされてないのかと思ってました(笑)」

でましたお決まりの言葉。何度聞いたか・・・。

僕「よく言われますけど、家に寄りつかないからかなあ、生活感ないのは。でも子供は3人いますよ」

どうだ、すごいだろう。平均よか多いぞ。

美「まあ、3人も!家に帰らないわりにはよく作りましたね」

んんん、なかなかするどい突っ込み。てごわいぞ。
ここまで言われたのは初めてだw
負けるなTAMARA。

僕「いや、ぜんぶ外で作りましたから・・・」

勝ったかな(笑)?

*外で作ったのはウソですよ、当然w









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ないものは作らにゃしゃーない
さてさて、フィルム時代が長かった私は、あの、
パーフォレーションというのがなんとなく好きだったりするわけです。
で、まったく意味のないことなんですがデジタルでも欲しいな、と。

どっかに転がってないかいろいろ見て回りましたが満足いく出来栄えのがない。
酷いのになると穴が「横長(*)」なんてのもありまして、
この人フィルム見たことあるのかいな?
なんて思っちゃいました。

ないなら自分で作らにゃしゃーないな、と。
フォトショップを駆使して(というほどでもないけど^^;)作りました。
作ったのは7年前です。

まずはトライX。

20170614bw.png

で、コダックはコダクロームの製造をやめちゃったので、
KODAKならぬKOBAK社が新たに製造したコバクロームプロの5034。

20170614co.png

閲覧環境によっては分かりづらいかもしれませんが
パーフォレーション部分はちゃんと抜けてます。

画像を重ねれば下のような感じ。
フィルムはやっぱりKMでしょ?
ということでこれはプロ仕様のPKM。

20170614a.jpg

ワンカットでもベタ用の6連でもあるいはロールでも、
いろんな使い方ができるように作ってます。
フィルム名もコマナンバーも、どうとでもなります。
ヘボな写真でも、これに入れるとなんとなくよく見えますw
あなたもひとつ、作ってみませんか?

なお、撮影にはショボックス をメインに使いました。
このショボックスは発光面が37×51cm。
人物の顔くらいならなんとかなるけど
上半身でもキツイですね。



(*)フィルムを横位置として見た場合。







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君はヒプノシスを知っているか?
アナログで出来ることをデジタルでやってもしゃーない。
デジタルの優位性は「合成」だと常日頃から言ってきたわけなんですけど、
とは言ってもなにぶんそのセンスも技術力も想像力も欠如してる私にとりましては
アナログと似たようなことしかやってきてないわけでございます。

で、こんなお若い方の作品を見るにつけ、
そのセンスと想像力、技術が羨ましくてしかたがないのでございます。
ブレッソンを習い 酒でもあおったらいいんだけどあいにく下戸で^^;

20170613.jpg

彼、Erik Johansson っていうんですが、名前に彼のサイトをリンクさせてますので
ご存知でない方は是非ご覧になって下さい。

以下のYouTubeはその制作過程です。



で、上のリンク先の作品群の中にこんなのがあります。

20170613b.jpg

日本の歌手のジャケットにこんなのがw

20170613c.jpg

僕の「天神金環食」みたく、分からないように
パクればいいのに、と思いましたw

しかし、今の時代にストーム・ソーガソンが活動していたら、
いったいどんな作品 を作っていたのだろう。



ヒプノシス (Hipgnosis) は、1968年に結成されたイギリスのデザイン・グループ。メンバーはストーム・ソーガソン、オーブリー・パウエル、ピーター・クリストファーソン。1970年代を中心にピンク・フロイド、ジェネシス、レッド・ツェッペリンといった数々のアーティストのアルバムカヴァーを手掛ける。日本人では松任谷由実も。







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放課後
では、今日も忙しいので手を抜いて、
見つかった「怪文書」からにしましょうかw
例のMっちゃんです。
エムっちゃんではありません。
正しくはみっちゃんです。

さてさて先日、子供達もたくさん集まるイベントがありました。
そのイベントを請け負った会社が、当該部署では人が足りないので
各部署から臨時スタッフを集める事にしたそうです。
緊急招集を受けた中にMっちゃんがいました。
Mっちゃんは生真面目だが要領悪く機転もきかないオジサンです。
本職の方は間違いなくこなすけどちょい毛色の変わった仕事を任すともういけない。
とんでもないことをしでかしたことも、一度や二度ではありません。
そこで、コレならミスなくできるだろうという仕事を任せることにしました。
最後列で「ココが最後尾です」という立て札を持って立ってる仕事です。

いよいよイベント開始。
開始というよりも、開始前からたくさん人が集まっていました。

Mっちゃんの出番です。
最後列に立ち、例の立て札を高々とかかげるMっちゃん。
少し得意そうな顔をしています。
彼、どんな仕事でも実に楽しそうにするんですよ。
だから憎めない。
しかも人懐っこいんで誰とでも話をしすぐ仲良しになれる。
お年寄りでも子供でも関係なく、です。
でも女性は苦手のようです(笑)
照れ屋なんです、彼。

この日は子供が多く、最後列に並んでる子供達ともすぐに仲良くなりました。
子供達といろんな話をしている彼の姿が目に浮かびます。
数分後、その中の子供の一人が言いました

「おんちゃん、僕らぁについて来たらいかんぜ」

後ろを見ると「最後尾」の看板の後に、たくさん人が並んでいました。
しかも整然と。

Mっちゃあ~~~ん



書いたのはいつぞやの5月ですね。
GW時のイベントだったと思います。

一度出てきたら次々と出てくるのも探し物の不思議なところ。
財務省さんも踊っててはいけません。
いや、踊らされてるのかな?


自分の頭で考えて
自分で決めて行動する
それが「人間」ってものだけど
俺達はそうなのか?
それとも誰かに操られて
ただ踊っているだけの
「人形」みたいな存在なのか?


出しましょう。









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