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今日はどっちだろ?
今日は夕方から撮影なので、
お気楽モードの記事です。

ところで、妻には、仕事のときは

「撮影に行ってくる」

そうでないときは

「写真撮りに行ってくる」

と無意識で使い分けてるのにある日気づきまして、
後ろめたい撮影のときは意識的に

「撮影に行ってくる」

と、言い、さも仕事のように出かけてます。
妻が気づいてなければ意味ないですが(笑)

僕の知人にはいろんなのがおりまして、
バイク修理するにはアイツ、
食品のこと聞くにはコイツ、
オーディオ関係はソイツ、
などなど、なかなか便利ですw

バイク・食品はプロですがオーディオは趣味。
ソイツは僕には理解不能で、
潰れてしまったコンビニをオーディオルーム化し、
かつての商品棚にはオークションで落とした部品がゴロゴロ。
同じものもたくさんあるし、こんなに集めてどうするがぞ?
という感じです。

主力の機器はものすごく、
僕なんかから見たら「マシーン」ですね、まるで(笑)
大音量で音楽を鳴らし、話はまともにできないw
CDをセットしたら最初のうちは調整に余念がない。
各音域の音を、それぞれに合わせたアンプで鳴らしてるそうで、
こういうのをマルチアンプっていうんでしょうか?
まぁ、座って、落ち着いて聞こうぜ
って、言いたくなりますw

で、ソイツがオークションで落とし、
整備後に譲り受けたのが僕のスピーカー。

20170520a.jpg

スピーカーが4つ写ってますが、
それぞれ右側が現メインで鳴らしてるスピーカーです。
左に位置してるのはJBL4312です。
4312は価格もむちゃくちゃなことはなくて
手が届く範囲だし、けっこう人気のSPですよね。

譲り受けたのはエレクトロボイスというメーカーで、主に業務用。
映画館とかコンサート会場で使用されてるようです。
業務用は第一に壊れない、
第二に、デカイ音を遠くまで飛ばすことを
目的に作られてるから家庭用にはチョット、、、
という方もおられますが幸いなことにこのワタシ、
そんなに繊細な耳は持ちあわせてない。
十分過ぎます(笑)

20151015.jpg

最近買ったのとか良く聞くCDはPC外付けのHDに入れ、
PURE SPEEDのUIA5200 という、聞きなれないw
メーカーのアンプ経由で聞いてます。
アンプにおける音の「差」なんて僕には分からないのでデザイン優先w
PCの画面に写ってるのはmRX-8000 というインターネットラジオで、
いろんなジャンルの音楽を聞けるうえ
アナログ時代のラジオみたいでカッコいいですよ。
Macの方にはお勧めです。

20151115b.jpg
上段PC
中段アンプ
下段CDP


20170520c.jpg
アンプ内回路が見え、夜になると綺麗です。


では、そろそろ準備します。
今日はどっちだろ?撮影?写真?w


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ちょいとそこまでお買い物♪
今日は街にお買い物。
天気もいいので自転車に乗って行きました。
てか、店に駐車場がないから自転車で行った次第です。

いつもははりまや橋を北上、
旧LPの手前を右。路地に入るんですが、
今日はNTT東局の方から行きました。

あれ?
店が変わってる。
いつもの角っこにあるのは子供服屋さん。
ヤベ。閉めた?
このご時世、どんなに儲けてるようにみえる店でも一寸先は闇です。
閉めたとしてもおかしくはない。
困ったなあ・・・これからどこで買えばいいんだよ。
と思いつつ、確かにココだよなあ・・・
ひょっと角違いかも、と淡い期待を胸に、
その辺をぐるぐる・・・自転車の特権です。
車じゃこうはいかない。

ありゃ?
老眼の向こうに見えるのは見慣れたテント。
角違いでした。
ご主人によると、角間違って「どこ行った?」と
電話がたまにかかって来るそうで、
僕だけじゃないようです。

20170521.jpg

ジーンズを買いました。
リーバイスの513という、伸縮性のあるデニムで
作ったジーンズで、穿き心地抜群です。
最初勧められたとき、
伸縮性のあるジーンズなんて・・・
と見向きもしなかったんですが、
試しに買ってから今やこればかりw

その後は按摩屋さんに。
最近仕事のし過ぎかタイピングのし過ぎwか、
右肩が凝ってるもんで、
1時間、たっぷり揉んで頂きました。








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記事訂正(m_m)
昨日の「娘は×をもらった」の中で
引用してる、JCJ賞を受賞した北海道新聞の
女性記者の方は「新人」じゃなかったです。
今日、写真のデータを整理してたら
新聞の複写が出てき、気づきました^^;

20170520.jpg

2015年時点で49才だから、連載当時は47才くらいかな?
立派なベテランでした。
何を勘違いしてたのか、失礼しました(m_m)




愛機紹介 -その4- (ローライフレックス)
先日の北海道新聞の女性記者に限らず、
新人というのは未知の可能性を秘めてて楽しいです。

もう、かなり前のことになるけど、
当時仕事をしてた某企業にMという
新入社員が配属されまして、それがけっこう可愛いw
ま、んなことは今回関係ないのですが、
その企業からは市町村関係の仕事をいただいてました。
観光パンフレットだとか市町村要覧ですね。
ヨウランと聞いて、最初は西洋の蘭のことかと思ってました(笑)
洋蘭が有名なのか。で、その撮影か?とネw
私達の村(町・市)はこんな村ですよ、と、
村の経済や産業、財政、資源、人口などの情勢について、
資料や統計などを用い要点をまとめたものが「要覧」です。

で、市町村に赴くわけですから当然移動時間がかかる。
今見たく高速でピューっとってわけにもいかず、
30分や1時間、遠いところには2時間以上はかかるわけです。
その間、新人社員Mに、いかに白黒写真が素晴らしいかを「洗脳」w
時には写真集を貸したりもしました。

そんなある日、Mさんから電話

村勢要覧を白黒写真で撮って欲しい。

驚きましたねー。
まさか白黒で仕事をとってくるとはw
しかも村勢要覧。
前例主義の権化で頭のお固いお役人を説得するのも
大変だったじゃろう。頭が下がります。
素直にありがとうと言いたいところですが一抹の不安が^^;
まさかカラーポジで撮ってモノクロ変換じゃないやろね?
と聞きますに、
ちゃんと白黒フィルムで撮って僕がプリントし、それを印刷に回す、
んだそうです。完璧やん。

カラーポジを4色分解し、それをモノクロで印刷してるのもあるけど、
あんなんは白黒にした写真やき。白黒写真やないき。
白黒写真いうたらプリントにカメラマンの意思が入らないかん。
と常日頃教育(洗脳?w)した成果が出ました。

で、役所の方とも打ち合わせまして「人」中心でいこうとなったわけです。
Mの上司からも
「人撮れ人撮れ。おまんの得意な人を撮れ」
と発破をかけられるわけです。

別に人撮るの得意なわけじゃないんだけど、
ただ、どういうわけかそんな仕事が多いだけなんやけど・・・

とか思いながら村を車で走らすんですけど、
ここは「村」。つまりは「田舎」。
人がおらん(笑)
家の中にはおるんやろうけど道端にはおりません。
なので、人影を見つけたら声をかけ理由をいい、
撮影させてもらいました。

できあがったものは評判良かったですよ。
目先を変える意味もあり、
白黒写真で会社案内を作ろうと考える
デザイン関連会社も多かったようで、
その要覧を見本として貸したことも幾度かありますが、
結局、先方を説得しきれなかったようです。
情熱の差だったと思います。

で、その時使ったカメラがローライフレックスというやつ。
そのカメラは後ほど新たなカメラの下取りとなるわけですが、
それからまたもや時が経ち、確か2001年。
現像所の所長から電話がかかって来まして

ローライフレックスが新しく出るけどいりません?

その前の年、ニコンのS3を買ってるので
僕はカモみたいなもんですね(笑)

デジタル時代が尚進んだのに、
今時2眼レフ買ってどうすんだ・・・

って話ではなく、今日は
鋼鉄は熱いうちに叩きましょうね、というお話でしたw

20170518.jpg


娘は×をもらった
じいさんが持ってきた写真見てると面白かったですね。
小砂丘忠義さんは別に写るのがイヤって感じではなく、
それは彼のいわゆる「ポーズ」だったわけです。
今時のピース写真みたいなもんですw

たいがいの人は正面向いて
今と同じように写ってるんですが、
中には小砂丘さん以上の「変人」もいまして、
真後ろ向いて写ってる人なんかもいました。
顔、まったく分からずw

校長も写真屋さんも、何も言わなかったのでしょうか(笑)
そういった面では今よりも自由だったのかもしれません。

さて、小砂丘さん達の「生活綴方運動」は
自分たちの生活を素直に書き写すという、
いわゆる「リアリズム」運動でありまして、
どうも時の政府には都合が悪かったらしく
弾圧されます。
特に北海道は酷かったようです。
入社した時にはこういったことは全く知らず、
ふとした事で知った新人女性記者が新聞連載し、
それが2015年のJCJ賞(*)を受賞しています。
書籍化されてるので買おう買おうと思いつつ今日にいたってますw

で、素直に自分ちのことを書いてはならない時代から
今はけっこう自由な時代へと変わってるはず、なんですが、
まだまだそうはなっていないようで・・・

朝日新聞デジタルニュース
からの抜粋です。

2分の1成人式、広がる 「感謝の言葉」苦にする子も

(前略)

■「みんなが幸せな家族じゃないのに」

 ただ、こうした行事を苦にする子どももいる。

 東京都羽村市議の馳平耕三さん(55)は、15年9月の市議会で「複雑な家庭事情のある児童にも配慮したものにならないか」と質問した。その少し前に、公民館で地元の子どもたちの勉強を見ていた時、小5の女の子の話を聞いたのがきっかけだ。

 親は離婚し、一緒に暮らす父親は子どもに無関心だった。そんな状態で学校から2分の1成人式のために親への感謝の作文を書くよう言われ、「ウソをつくのはいやだ」と感じた。それでも周囲の目を気にして自分を殺して書いたが、読んだ担任は「感謝の気持ちが足りない」。2度書き直しを指導された。

 親から子どもへの文章も必要だったが、父親は書いてくれず、祖父に頼んだ。女の子は「何の感謝もしていないし、つらいことの方が多かった。みんなが幸せな家族じゃないのに」と、当時を思い出して泣いたという。

(後略)



全てを引用すると長いのでよしました。
言いたいことは1/2成人式云々じゃないですから。
いま、多くの子が10才となる小学4年時に
「1/2成人式」といわれるイベントがあるようで、
そこでは育ててくれた親への感謝の気持ちを述べないかんらしいです。

で、感謝の気持ちが薄かった児童に、
担任の先生が2度に渡る書き直しを命じたとか。
生活綴方運動を知らんのかい!オマエは!
と言いたくなる教師です。
自分の気持ちを素直に書いた作文ほど尊いものはない。
この児童はそれでも自分を殺し、先生や級友に配慮しているのに、
その気持をなぜ汲んであげないのだろう?

子どもたちみんなが最大限に親に感謝し、
聞く親は涙、涙、涙・・・・
ああ、こんないい先生に指導してもらってる我が子は幸せだ。。。
と、親に思ってもらいたいのだろうか?


ちなみに、「火垂るの墓」原作者である野坂昭如氏の娘さんが小学生の頃に、
「火垂るの墓」について調べてくるよう宿題が出され、
その調べる内容というのが

「火垂るの墓の作者の気持ちを述べなさい」

お父さんに聞けばいいってんで娘は父に聞き、
聞いたままを回答した。

「締め切りに追われて必死だった」

残念ながら娘は×をもらった。



(*)北海道新聞 佐竹直子記者 「獄中メモは問う 北海道綴方教育連盟事件」




昔の集合写真は面白い♪
高知県はまもなくヤマモモの季節ですね。
昔はよく採りに行きました。
県外から来た方には珍しいようで、
連れて行くと喜んで採ってました。

「やまもも」という小学生の
詩集があるんですが、この時期、
この詩を思い出します。

20150516.jpg

  ◯◯小6年 女の子

うちの牛は、時々脱走する。
その中でも
この前、二階から脱走した牛は
すごかった!!

まず
鼻輪をくくっていたロープをちぎり
となりの牛に、一発ケリを入れて
そして、下に降りて来ると
お父さんの中古の車をぶちこわし
お兄ちゃんの新しい自転車をぶちこわし
やっと
お父さんの手によって、つかまった

でも
新しかったお兄ちゃんの自転車は
もう、直しようがなく
自転車をこわした牛は
今だに、お兄ちゃんにうらまれ
「いつか、ハムにしてやる」
と言われている

-第15集(1991年)よりー


「うちの牛は、時々脱走する。」
初っ端からセンセーショナルで読む者を惹きつけます。
そして
「すごかった!!」
と、いきなりダブルの感嘆符!!
先の展開が楽しみです。

ロープをちぎりケリを入れ、
車を壊し自転車を壊しと、
突発的なアクシデントにも関わらず
その、冷静な作者の観察眼にも驚かされます。
しかし、「ケリを入れ」には笑ちゃいますよね、
笑っちゃいけないだろうけどw

で、脱走した牛さんはお父さんに捕まるわけですが、
お父さんの「手によって」という言葉の選び方・・・
上手いなあと思いましたね。
僕なんかだと単に、「お父さんに捕まった」ですねw
小6でねぇ・・・いや、脱帽。

お父さんの「中古の車」と正直に書くことで
お兄ちゃんの「新しい」自転車が生きてますよね。
で、新品のお兄ちゃんの自転車は
中学入学祝いに買ってもらったものなのかな?
とか、家族の情景も浮かんできます。

書いたのが小6で1991年。
今は38才くらいでしょうか?
お兄ちゃんは40くらいかな?
お父さんの後を継いで牛を飼ってるのかな?
とか、その後まで想像が拡がり、
いやーホント、素晴らしい詩です。

で、私、気になったのは
ハムはブタで作る・・・という事実。
この事実を大人になって知った時、
お兄ちゃんの憎しみはどうなったんでしょう。
作者に聞いてみたいです。



ところで、この「やまもも」は、
生活綴方教育を祖に持つと思ってるんですが、
その始祖、小砂丘忠義さんのお墓は高知市にあるのですね。
出身地の本山にあるとばかり思ってました。
2年ほど前に自転車でぶらついてた時、
気が向いて路地をふっと入ると

20170518a.jpg

びっくりしました。
矢印に従うと

20170518b.jpg

20170518c.jpg

写真屋に勤めてたころ、
おじいさんが昔の写真を、
複写して4切りに伸ばして欲しいと
よく来てたのですが、なんでも、
目が悪くなったので大きくしないと良く見えない
そうで、今になってじいさんの気持ちが分かりますw

鏡村高等小学校時の学級写真の中に、
今では考えられないポーズで写真に収まってる人物を見つけました。
威風堂々たるその人物をじいさんに聞くと

小砂丘忠義先生

腕を組んで胸を張り、身体は真横を向き、
顔は身体の直線上やや上向きで空を見上げる。
つまり、そっぽ向いてましたw


天神ピンクの方が好き
昔、祭りの準備 という映画がありまして、
中村市出身の脚本家中島丈博さんが、
自身の青春時代を描いた映画です。
その映画の中で

誰でも一生に一度は傑作を書くことができる。
それは自分の人生を書くことだ。(*1)

というようなセリフが出てくるんですが
これだって思いました。
才能がないのは分かっておりますので、
だったら自分の人生を撮ればいい。
他に誰がする?ってもんです(笑)
その日からひたすら自分の人生を複写。

彼女ができれば彼女との生活を。
朝起きて歯を磨いてるとこから
夜、楽しいことをしてるとこまでw
トイレに行けば便器にかけてるとこも。

こんなとこまで撮るのぉ

と呆れられてました。

なので風景写真とかにはあまり興味はないですね。
出かけたついでに撮ることはありますけど
雪が降ったから、桜が咲いたからとか、
それを撮りにわざわざ出かけたりはしません。

何とかブルーより天神ピンクが好きですw

20170517.jpg

彼女ではありません(笑)
こうしてああして、ではなく、
何気ないしぐさに「愛」を感じます。



(*1)中島丈博さんの言葉だと今の今まで思ってたんですが、Wikiで確認してみたら新藤兼人監督の言葉だった ヮ(゚д゚)ォ!
丈博さんもその言葉に感化され、言葉通りの映画を目指したようですね。





愛機紹介 -その3- ニコンS3
今日は3人の画像処理をしなくちゃならず、
とりあえずは1枚づつすませ先方に送ったのだけど、
めずらしくちょい忙しいw
なので先日書いてる途中でフリーズし、
おしゃかになったS3の記事を簡潔にw

ニコンS3です。
距離計連動時代の名機ですね。
写真学生時代、森山大道にあこがれ、
彼が使ってたS2が欲しく、
バイトで稼いだ35000円を握りしめ
新宿の中古カメラ店で買いました。
ちなみに、当時の仕送り額は45000円だったと思います。
が、生活費で消えてしまい、
フィルム等はバイトしなくちゃ買えませんでした。

で、東京に馴染めないを口実に、
才能がないということはひた隠し^^; 、帰郷するんですが、
数年後の大雨による水害でS2沈没。
他のカメラは僕が管理してて無事だったのですが、
S2は後輩に貸していて彼が返しにはきたけど僕がいなく、
母に預けていたんですね。
母から僕の手元に渡る前に水害にあったのです。
不運ですねえ・・・。
ニコンに送ったけど当然部品もなく修理不能でした。

で、そんなSシリーズの名機、
S3が2000年オリンピックの記念モデルとして
復活するという話を聞いたなら、
買わないわけにはいきませんw
世はデジタルに移行してるのに、
いまさら距離計連動とは・・・
まったくバカげてます。

20170514a.jpg

ストラップは純正ではなく、
紐を買ってきて四つ編みしました。
この頃、F2のストラップは白三つ編みでしたから
レベルアップしてます(笑)

レンズは付属の5cm以外に、コシナ(だったかな?)の35mmがあります。

ニコンS2で撮った名作です。
正確には撮って「もらった」ですがw

20170514b.jpg

佐賀の親戚の家に遊びに行ってたら
陽水が雑誌の取材で来てて、
同行のカメラマンに撮って頂きました。

「いいカメラ使ってるねえ」

と不思議がってました(笑)
陽水には古臭いカメラにしか見えなかったことと思いますがw

陽水、まだそんなに売れてなかった時です。
この年の12月に氷の世界が出、それから一気やったですね。
氷の世界に収録されてる「おやすみ」という曲が、
陽水の中では一番好きです。









 線路は続くよ
昨夜は愛機シリーズ第3弾としてニコンS3のことを書いてましたが
写真をアップロードしてたらPCがフリーズ。
書いた内容が全て飛んでしまいました。
長文書くときは下書き保存しながら書かないかんな、と学習。
同じことを書く気もしないので今日は他のことを少し・・・

去年の終りころからNゲージにはまってしまい、
いま、レイアウト(*1)を作ってる最中です。
といっても暇な時にしかできませんから進みませんけどねw

なぜ突然始めたかというと、老い先そんなに長くないから、
昔やりたかったことは死ぬまでにやっておきたいな、と思ったからです。

(前略)

(*避難所は)人でいっぱいになり、
横になることもできない状態だった。
なんとか身体を折って寝たが、床が固くて冷たい。
余震が起こるたびに、暗闇の中に悲鳴が響いた。

どうしても眠ることができない。
昨日までの何事もない日々を思い出すと
涙が出た。こんなことになるなら、
もっと勉強しておけばよかった。
旅行にも行きたかった。
もっともっと人にやさしくすればよかった…
後悔しか浮かんでこない。
余震のたびに緊張が走り、
その夜はほとんど眠れなかった。


(中略)

3月11日の夜、それまでの自分を
後悔して眠れなかったことを今も思い出す。
もう後悔しないように、
やりたいことは先延ばしにしない。

(後略)


「3.11キヲクのキロク」という本からの抜粋ですが、
女子学生が書いたものです。
文章もうまいし、素晴らしいです。

これを読んで、僕もやりたいことはやっておこう
と思った次第です。
なお、(*避難所は)は、文意を明確にするために僕が追加しました。


話をNゲージに戻し、
高一のとき、前に座ってるN中くんと、
彼が持ってくる鉄道模型の雑誌を見ながら
こんなんしたいねえ・・・
と羨望の眼差しで見てたのが鉄道模型のレイアウト。
当時からレイアウトと言ってたかどうだか定かではないですが、
高校生の身で、まだまだ高額だった鉄道模型などできるはずもなく、
指をくわえて見てるだけの世界にしかすぎませんでした。
でも、今では気動車と線路がセットのスターターセットが
18000円少々で買えるほどにお手頃価格となりました。
僕はキハ52という、土讃線を走ってたような
気動車だけをまず買い、それをしばらく眺めた後
意を決し、オーバル型の線路セットを買いました。

でも、レイアウトを作るにはオーバル型じゃ単純で面白くない。
そうはいっても線路配置とか自分で一から考えるとなると
最終的に線路が継るかどうかが怪しいw
そこで KATOのサイトにある にあるコレ を参考に、
余分なものは引き、足りないものは追加する作戦。
これだと線路が継らない・・・メッタちや、ということもないw
それほど大げさなのを作る気もなかったので
目指すは畳一畳分。イメージとしては「予土線」w。
なぜ予土線なのかというと、大正町出身という単純な理由ですw

線路を組んだだけの状態で、キハ52を走らせながら眺めていると、
娘が「のぞみ号はないのか?」と聞くわけです。
なぜなら娘の名前がのぞみだからという、これも単純な理由w

しょうがねえなあ・・・と思いのぞみ号を買ったのですが、
4両編成とはいえこれがカーブのとこなんかでは
クネっとなってカッコいいわけです。

ええやん、となり、6両編成の北斗星号を買い、
蒸気機関車のD51を買いと増えました。
増えたら増えたで車両を変える度に線路に乗せ換えるのもおっくうです。
じゃ、引き込み線をということで引き込み線ができました。
また、線路は1本じゃなく4本セットとかで売っててどうしても無駄がでる。
その無駄をなくそうとKATOの基本形からは少し広くなってます。

で、今日現在の姿。
レイアウト上にいろんなものがありますが、
片付けが苦手なのですw

20170515a.jpg

畳一枚より少し横長。
右側に黒いテープで継ぎがありますが、
そこから右分だけ一畳より広いです。

参考にしたKATOのレイアウトとは違い、当初は
基本のオーバルコースにループを加えただけでしたが
引込線と列車通過待ち区間ができ、
参考レイアウトにちかくなりました。



(*1)鉄道模型においては車両の走行が出来るものをレイアウト、車両も情景の一部として固定もしくは静置されたものをジオラマ/シーナリーセクションと呼び区別している。-Wikiによる-




飛んじゃった(´;ω;`)ウッ…
長文書いてたら写真アップロードでフリーズ。
慌てて画面を撮影したもののスクロールはできず
一部しか撮れなかった。

もう一度書く気力はなく今日はお休み。

20170514.png

そろそろ寿命かな。